私の著書と私の「立場」-裁判官のためのジャーナリズム入門講座その九

2025年9月22日

s-img467.jpg週刊金曜日29号(1994.6.10)貧困なる精神29より引用。
・さらに複雑さに輪をかけたのが、この独立統一の戦いの核となったホー=チ=ミン主席を中心とする指導層の政治思想である。社会主義の旗色を鮮明にしたことによって、西側には単純に「ソ連・中国の手先」と見る例が多かったが、抵抗戦争の理念はあくまで民族自決であり、社会主義革命と組織論はそのための手段としてすすめられた。実際問題として、統一を実現させることができたのは、この手段を選んだ結果であった。『ソ連・中国の手先』と程遠いことは、その後の経過を見れば明白であろう。ソ連も中国もまた『手段』だったわけだが、ハノイはサイゴンと違って、ソ連軍や中国軍をこの戦争に直接呼び込むような、つまり自らの民族的主権を侵害させるようなことは最後までしなかった。その歴史の長い部分を中国やフランス(日本も短期間)に侵略され、植民地化されてきたベトナムにとっては、主義のいかんを問わず『外国は一切信用できない』のである。
・私としましては『戦場の村』を従来の探検に対する批判を込めた探検、すなわち『現代の』探検と呼びたいと思うのであります(略)
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