週刊金曜日第38号 1994.8.12 戦後補償は終わっていない、バターン死の行進 最終回
2023.7.28記
P54 バターン「死の行進」を行進する 最終回 そして人々は抗日ゲリラとなった 鷹沢のり子
・日本語教育
・フィリピン式娯楽
・フィリピン人自身で解放を
ある家の夫が反日ゲリラと疑われ、(略)、2人の日本兵がやってきた。1歳になる男の子が刀で刺され、その男性も日本刀で殺された。
別の日、日本兵は3歳の息子の胸を刀で刺した。髪の長い20歳くらいの母親がつかまり、山の中につれていかれた。彼女の泣き叫ぶ声が聞こえた。
また別の日、日本兵が女性のお尻をさわろうとした。手でおしのけたら、またさろうとした。前回より彼女は強くふりはらったら、兵はその場で倒れた。怒りをぶちまけるや、彼女のシャツをつかんで押したおし、射殺した。
日本軍の検問所で居住許可証を持っていなかった農民が走ってにげた。日本兵につかまった彼は、ひざまずかされた。何のわけも聞かれずに、日本刀で首を切りつけられて死んだ。
P57 検問でアブカーイへ行くと答えると「すぐ帰れ」と命令された。反日ゲリラを探しているようだった。どうしても行くと言い張る農民がアブカーイへむかって歩きだすと、日本兵は射殺した。
反日ゲリラが活動しはじめてから、日本軍兵士の行為はさらにひどくなった。
広場で3人のフィリピン人の首をはねた
教会に集められた数百人の人々が手をじゅずつなぎにされ、町の中心街まで歩かされ全員殺された。
「アメリカ軍は信じなかった、マッカーサーは豪州に逃げたではないか。」「どこの国がフィリピンに侵略してきても、フィリピンを真に解放できるのはフィリピン人しかいない」
加害の歴史
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2022.10.26記 週刊金曜日 38号目次

P10 切られたチマ・チョゴリ 床井茂 狙われる朝鮮人学校の女生徒たち
殴る、蹴る、民族服を切る、髪を切る、1994年7月16日現在でチマ・チョゴリの事件は全国で延べ155件を数える。
P12 ここには朝鮮半島を日本が植民地として支配し、言語を始めとする朝鮮文化やあらゆる財産を略奪し(中略)、強制連行して強制労働させた事実、従軍慰安婦として多数の朝鮮人女性を性奴隷にした事実に対する歴史的認識が全く欠如している。
P44 天皇(制)への書簡 天皇(制)とチマ・チョゴリ 金石範
チマ・チョゴリ狩りは、もっとも弱い部分である朝鮮人女子生徒たちのチマ・チョゴリを的にすることで象徴化した”朝鮮人狩り”であって、差別意識のレベルのものではない。言を変えれば異端狩り、であり、「日本」と一体化しない者に対する排除と同化の両面を持っている天皇制イデオロギーの特質を現わしているように思う。
生活習慣が違う。日本の女のように日常正座をしない朝鮮の女の場合は(民族的な抵抗はさて措いて)、前割れの着物を着るわけにはいかない。
P46 今なお残る帝国主義思想
自らの手で徹底した戦争犯罪と責任の追及がなさされぬまま今日になる・・。
戦前の「皇国臣民化」の同化政策が、戦後も形を変えて在日朝鮮人に対し行われてきた。
日本の支配層が戦前回帰を唱え、天皇の賛美と強化、天皇信仰ノキャンペーンにつとめているのは、国民統合のカナメである象徴天皇を、支配層の国民統治のカナメにするためだろう。
P48 侵略の50年、敗戦から50年 大江志乃夫
日本は決して外征戦争が得意な国ではなかった。
その日本に例外的な時代、1984年から1945年までである。日清戦争から対米英戦争の無条件降伏。
近代日本の戦争と侵略の最大の被害者も朝鮮であった。
日清戦争は朝鮮の支配をめぐって、朝鮮国内を戦場として開始された戦争であった。
日露戦争は、公然たる朝鮮の日本植民地併呑戦争であった。
P50 日本の朝鮮植民地支配の実態研究でさえ、十分にすすんでいない。
韓国駐箚憲兵隊長:明石元二郎少将
憲兵大佐、韓国総督府警務総監部高等課長:山形閑
P51朝鮮に特別志願兵制度が施行。「皇民化教育」の「模範生」を天皇の軍隊の名誉ある兵士にしたてるこころみ。ニューギニ戦線に彼らの「創姓」の寄せ書きの日の丸がオーストラリアのキャンベラの戦争博物館に展示。
三池炭鉱で入坑をまつ、多くの強制連行と思われる朝鮮人労働者の無言の列。
ビルマ戦線で置き去りにされ、シッタン川の濁流に飲み込まれて溺死した朝鮮人「慰安婦」の一群。
太平洋の孤島の飛行場建設に駆りだされ、守備隊とともに「玉砕」を強いられた朝鮮人徴用労働者、
いまなおサハリンに置きられたままの朝鮮人強制連行労働者、戦後に生きのこることのできたこれらの人々の家族や仲間にとって日本の「戦争の時代」の50年は、日本の降伏をもって終わらなかった。
改めて日本の戦後責任、そして天皇の戦後責任が問われている。
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2015.4.22ブログ掲載
目で見る各国からの補償要求。週刊金曜日第38号1994.8.12より引用。
P14 戦後補償は終わっていない
1.従軍慰安婦謝罪補償要求(韓国・北朝鮮・フィリピン・中国・台湾・インドネシア・マレーシア・オランダなど)
2. サハリン残留韓国・朝鮮人補償要求
3韓国・朝鮮人BC級戦犯謝罪補償要求
4.在韓被爆者補償要求
5.在日韓国・朝鮮人元日本軍傷痍軍人・軍属援護法適用要求
6. 軍人軍属・強制徴用者生死確認・未払い賃金要求
7.インドネシア兵補未払い賃金要求
8.ベラウ戦争犠牲者補償要求
9.軍事郵便貯金支払い要求(台湾・韓国など)
10.住民虐殺補償要求(中国・シンガポール・ミクロネシア・マーシャル諸島など)
11.ロームシャ動員未払い賃金要求(インドネシア)
12.香港軍票換金要求
13.日本と朝鮮民主主義人民共和国の補償交渉
14.戦争捕虜虐待補償要求(オランダ・イギリスなど)
15.中国人強制連行謝罪・補償要求
16.強制退去(アッツ島など)
ーー(引用終わり)
なにひとつ解決していない問題ばかり。中東へ自衛隊出す前にすべきことがあるのではないですか安倍さん。80代の天皇皇后ばかり慰霊に歩くのではなく、A級戦犯の孫だからこそ解決に尽力し、歴史に名を残してはどうでしょうか。
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以下、2022.10.26記 慰安婦関連を抜き出し
中国 国家賠償は放棄したが今後は「民間賠償」がキーワードに 田中宏
P17「1800億米ドルの民間賠償」海南出版社1993.8 強制連行、南京大虐殺、慰安婦、731部隊などの日本の罪行、および具体的な被害者の訴えも採録されている。
P18 台湾 伊藤孝司 日本軍専用の性的奴隷(いわゆる従軍慰安婦)にされた台湾人女性については、実態調査すら実施されていない。
P20 韓国 臼杵敬子 裁判だけでも、「アジア太平洋戦争韓国人犠牲者補償請求事件(元軍人・軍属、遺族と元慰安婦40人が原告)・・。
・戦争中は「日本人」、戦争が終わると「外国人」
・闇に葬られる未払い賃金
P21 ・従軍慰安婦問題と「交流センター」案
韓国遺族会裁判、在日の宋神道さん裁判、関釜裁判(山口地裁下関支部)
1993年8月、河野洋平官房長官は、慰安婦制度が「総じて本人たちの意思に反して行われた」とその強制性を認め、「本件は当時の軍の関与の下に、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題である」として、被害者に「心からおわびと反省の気持ちを申し上げる」と述べた(河野談話)。個人補償抜きの「センター案」、白紙撤回を強く要請している市民運動。
・なぜ個人補償をしないのか 韓国の戦争被害者が求めているのは、植民地支配し、侵略戦争を遂行した加害国・日本が、反省に基づき誠意と公正さを実現することだ。際限がなくなるという杞憂は、アジアの被害実態について戦後49年、1回も調査したこともない国は、何を根拠に言うのか。「1000億円ものお金があれば、どんなに多くのアジアの戦争犠牲者が救われると思いますか?」と、慰安婦のハルモニは、日本政府の意思がまったく理解できないと吐き捨てた。
→(わたし)防衛費を数兆円増額するくらいなら、アジア平和外交攻勢の費用として予算化すれば、後で何倍にも返ってくる。
P24 香港 和仁廉夫 軍票問題 日本占領下の香港で、香港ドルと強制的に交換させられた軍票は、日本の敗戦によってただの紙切れになった。香港索償協会
P25 香港軍政は、食糧や物資の徴発に始まり、慰安所の設置、空港拡張の際の住民強制退去、海南島への苦力・慰安婦の徴用など過酷を極めた。野間憲之助率いる香港憲兵隊は、抗日組織の摘発、女性を凌辱。最近731研究会が発掘した広州市河南灘石頭難民収容所での細菌兵器による大量虐殺事件も、香港軍政に深いかかわりを持つ。
P26 インドネシア 大村哲夫 1944.10ハバル島事件。さらに日本軍が生き残った住民から若い女性を選んで「慰安婦」にしたという住民の証言も事実であることがわかった。
陸軍医務局の記録によれば、開戦前にインドネシア地域をひそかに視察した軍医が、村長に割り当てて慰安婦を出させることを提案していた。1992年日本政府が公表した資料によれば、スラウェシ島南部だけで27カ所もの「慰安所」があり、281人の女性のほとんどがインドネシア人だった。敗戦後のBC級戦犯裁判では連合軍軍人・民間人に対する戦争犯罪が訴因の多くを占め、たとえば、オランダ人女性を慰安婦にしとした事件では死刑を含む有罪判決が下されたが、はるかに広範にあったインドネシア人慰安婦問題はほとんど無視された。
P27 マレーシア・シンガポール 林博史 「ロームシャ」の調査の中で、元慰安婦8名が確認された。ただマレーシアはイスラム社会でもあって、元慰安婦が名乗り出ることは難しい環境にあり、彼女たちは名前も出せない状況だ。私の調査でもマレー半島では中国人、インド人、マレー人、ユーラシアン(欧亜混血)、ジャワ人などが慰安婦にされており、日本軍が地元の住民組織の幹部に慰安婦集めを強要していたこともわかっている。
P28 フィリピン 竹見智恵子 さらに女性たちは、日本兵の洗濯や食事の世話、ときには監禁され性的な関係を強制されるなど、非人間的な扱いを受けた。
・虐殺と強姦がセットで住民を襲った
フィリピンからは日本軍によって慰安婦を強制された女性46人が日本政府に謝罪と補償を求めて提訴している。ほかの国とフィピンの際立った違いは、強姦の多発や日本軍将校による私的な「メイド兼慰安婦」強制のケースも多く、軍による制度的な慰安婦と区別しにくいこと、連衡は銃や軍刀などの力により強制であったこと、連行の際に住民の虐殺が伴っていることなどである。
P34 ドイツと日本・加害責任の取り方の違い 戦争の始まりから見る視点 佐藤健生
戦争や加害責任の視点を戦争を終わった日8月15日に置いてしまうと、その内実が見えてこない。
ドイツ:ユダヤ人虐殺すなわちアウシュヴィッツの重みが大きくのしかかる。それは戦争によって起きた悲劇ではなく、1993.1.30のヒトラー政権掌握時から見ようとする視点が、日本との違いを際立たせている。
P35 しかも謝罪という形で決着がついたわけでもなく、むしろ具体的に何をするかが問題になった。
・賠償・補償・戦争犠牲者援護
国籍による差別や、民間人の除外などがないのが日本との大きな違いだ。歴史教育やりかえりかえ青少年交流など、ナチスのもたらした悲劇を繰り返すまいとする再発防止措置が取られ、すでに定着化している。
P36 戦後補償を考えるうえで今知っておかなければならないこと 荒井信一
従軍慰安婦、1994年1月のオランダ政府の調査報告書によれば、65名の存在が把握されている。
お
P38 日本の戦争責任資料センターは1994年5月従軍慰安婦被害回復についての提言を発表。季刊戦争責任研究第4号
・真相の究明 これまで公開されなかった多くの政府・軍などの公文書を思い切って公開することが不可欠である。
・名誉回復措置
・個人補償が抜け落ちている
国内の戦争犠牲者に対しては、軍人恩給をはじめさまざまな援護費を1994年度だけでも1兆7千億円も支払っており、また湾岸戦争のときの90億ドル緊急支出の例もある。
P39 戦後補償問題を支援する市民運動団体


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