週刊金曜日345号 2000.12.22 目次、56年目の有罪判決 女性国際戦犯法廷 傍聴記

2025年9月20日

週刊金曜日345号 2000.12.22 目次
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P4 金曜アンテナ ・南京大虐殺63周年現地追悼式で騒動 (長沼節夫)

・フィリピン「慰安婦」の訴えを東京高裁が棄却 海外の「従軍慰安婦」らが起こした一連の裁判で、高裁レベルの判決は初めて。
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P45 編集委員オススメのビデオ
本多勝一 戦争の風景を議論の余地なく教えてくれる
「戦争を教えてください・満州編」1996年・日本(影書房)信州から満州へ送り出された16歳の少女がいた。1945年8月24日。集団自決命令。高山さんの結論は、天皇に責任がないなどという妄言への怒りだ。
「沖縄編」も「韓国編」も戦争(日本の侵略)の具体的風景を、議論の余地なく「教えて」くれる。小林よしのり等の洗脳された気の毒な無知男は別としても、その世代の無邪気な若者にもぜひ見てほしい。図書館に備えてもらうのもよい。
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P22 56年目の有罪判決 女性国際戦犯法廷 傍聴記 田中伸尚
旧日本軍の戦時性奴隷制度を裁くために開かれた「女性国際戦犯法廷」は12月12日、昭和天皇と日本国家をそれぞれ人道に対する罪で有罪と判決した。戦後長く不問にされてきた天皇と日本国家の組織的性暴力が、女性中心のNGOの力によって裁かれ、戦争責任と女性の人権に新しい1ページが記された。
・昭和天皇が「有罪」とされた日
「天皇有罪」と裁判官が判決したのは、たとえば次のような認定からである。「天皇ヒロヒトは、日本軍の部隊が『南京大強かん』中に強かんなどの性暴力を含む残虐行為を侵していることを認識していた」「天皇は、ころえほどの規模の制度(慰安所制度)は自然に生じるものではないと知っていた、または知るべきであったのである」。つまり最高権力者の天応は、何も対策をとらなかった不作為の責任と監督責任があるとして裁かれたのである。
P23 ・性奴隷制は「装置」
川口和子検事(弁護士)は、専門家証人の林博史関東学院大学経済学部教授を尋問した。
ー日本軍の慰安所はいつごろからどのように広がっていったのでしょうか
「遅くとも、満州建国の翌1933年には慰安所が設置されたのが確認できます。慰安所設置が本格化したのは、日中戦争以後です。それから日本軍の侵攻・占領にしたがって、インドシナ半島かたマレー半島へと設置地域が広がっていき、42年5月ごろ、ほぼ侵攻作戦が完了したころには、慰安所はアジア全域に広がっていました。戦争末期になると、本土や沖縄にも軍慰安所が設置されています」
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P24 林証人は、日本国内では「慰安婦」徴集が軍ー内務省ー府県知事・警察ー業者という組織的な仕組みの中でなされていた実態も証言した。また、39年に占領した海南島の海軍慰安所設置のケースでは、陸・海軍省・外務省の三省、台湾総督府、半官半民の国策会社・台湾拓殖会社、さらにその子会社が一体となって、90人の「慰安婦」を台湾から集めたという事実を、資料などで証言した。
・「正義が私を置いていってしまった」
・「不処罰の歴史」を断つ
「法廷」は年表にもあるように、98年に結成された「戦争と女性への暴力」日本ネットワーク(VAWW-NET Japan=バウ・ネットジャパン)、性奴隷の被害国・地域の支援団体、さらにさまざまな女性活動家らの三者で構成された国際実行委員会が主催した。
ほぼ同じころ、旧ユーゴ、ルワンダの内戦で大規模な集団強かんが起き、国際法廷で裁かれた。
 (女性国際戦犯)法廷は内外合わせて約150社のメディア300人を超えるジャーナリストが取材を続けた。だが、日本国内のメディアは海外の半分以下で、報道もほとんどされなかった。全国紙・地方紙の中には一字も書かなかったところさえある。国内メディアのこのような姿勢は海外メディアには異様に見えた。
 判決要旨の後で、裁判官は10項目に上る日本政府への「勧告」を読み上げた。「完全・誠実な謝罪」「生存者への補償」「真相調査をする」「生存者の尊厳のために図書館などを建てる」「次世代に事実を伝えるために教科書に記述する」などである。日本政府は、「法廷」から届いた招待状を無視した。
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P36 沖縄で続く”戦史改竄” 森口豁 「石垣島事件」慰霊碑建立を憂う
平和行政の後退著しい沖縄県。その石垣島で、太平洋戦争末期に日本兵の手で殺された米兵3人の慰霊碑を建立する動きがある。「国家の犯罪」である戦争を理解しようとせずに、一方の当事者だけを祀ることは、戦争の本質を隠すことにつながらないのか。
 戦争を<民衆の視点>で正しく伝承していこうとする市民と、近年台頭する歴史の修正主義者とのせめぎあいー。
・憎しみのドロ仕合い
事件が石垣島で起き、捕虜に手をかけた日本兵がのちにBC級戦犯として米軍事法廷で裁かれることになったことにより、「石垣島事件」と呼んでいる。
 写真:紹介文 審理は17歳の少年兵から46歳の隊長まで46被告の合同審理。これが自由な陳述を妨げ、部下に不利にはたらいた。
 判決を聞く学徒兵・田口泰正さん。彼は無実の罪まで着せられ、死刑台にのぼった。
・戦争の本質隠す慰霊碑
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・命の尊厳問う平和の礎 
沖縄県による平和祈念資料館展示物の改ざんは説明文の修正などを含め約300カ所にも上った。稲嶺知事は「県政が(保守に)変わったのだから展示内容が変わるのは当然」「サミットには外国からも多くの人が沖縄を訪れるのだから」などど語ったという。改ざんの意図をほうふつとさせる発言である。
 公開される展示物や碑文は、正確な事実と客観的で正しい歴史観に裏打ちされたものでなくてはならない。
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uimg-s545.jpg広告 緑風出版の新刊
ジェンダーの視点から戦争責任んを、そして歴史を問う日本軍性奴隷制を裁くー2000年女性国際戦犯法廷の記録
第1巻 戦犯裁判と暴力
第2巻 加害の精神構造と戦後責任
第3巻 「慰安婦」・戦時性暴力の実態Ⅰ(日本・朝鮮・台湾編)
第4巻 「慰安婦」・戦時性暴力の実態Ⅱ(中国・東南アジア・太平洋編)
 VOW・NET JAPAN 著

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