残留孤児、名古屋も敗訴 名地裁、東海北陸168人の請求棄却

2025年9月19日

http://www.chunichi.co.jp/00/sya/20070329/eve_____sya_____006.shtml
残留孤児、名古屋も敗訴 名地裁、東海北陸168人の請求棄却
(中日新聞2007.03.29)
「不当判決」と抗議する、中国残留日本人孤児訴訟の東海原告団ら=29日午後1時32分、名古屋市中区の名古屋地裁前で(山田欣也撮影)
 東海、北陸地方7県の中国残留孤児168人が、国は早期帰国を実現しなかった上、帰国後の自立支援策も不十分だったとして、1人当たり3300万円、総額約55億円の賠償を国に求めた訴訟の判決が29日、名古屋地裁であった。渡辺修明裁判長は「法律上、国に早期帰国の実現や自立支援の義務違反はない」として孤児側の請求を棄却した。
 最大の争点は、国が孤児の早期帰国のために最大限の対応をとったのかと、その後の国の自立支援策が適切であったか。
 判決理由で渡辺裁判長は「残留孤児の発生は、戦時中の国策によるものであり、国は早期に帰国を実現させるための義務があったほか、帰国後の自立支援をする義務も課せられていた」と国に義務があることを認めた上で、「国際的な状況など当時の状況に照らし合わせると、帰国や支援についての施策が著しく不合理なものではなかった」と判断した。
 訴訟では孤児側が「国が孤児を早期に帰国させるための適切な措置を戦後一貫して怠っており、1972年の日中国交回復後も政策立案が著しく遅れた。孤児が日本で自立した生活ができないのは、支援策が極めて不十分であったから」と主張した。
 国側は「法律上、早期帰国の実現や自立支援の義務はない。国交回復後も帰国を実現するのに時間がかかったほか、孤児の自立を支援するための各種施策を講じてきており、非難されるいわれはない」と真っ向から反論していた。
 名古屋地裁に提訴したのは東海、北陸地方の7県に住む60-79歳で、1977-2000年に帰国。168人のうち12人は遺族が原告となっている。帰国時の年齢は34-65歳までと成人してしばらくたってから帰国したためほとんど日本語が話せない。原告の約半数にあたる81人が提訴時に生活保護を受給していた。
 【中国残留孤児訴訟】 終戦前後の混乱の中で旧満州(中国東北部)などで肉親と生き別れになり残留を余儀なくされた中国残留孤児のうち、日本に永住帰国した人たちが、日本への帰国の遅れや、帰国後の自立支援対策が不十分だったとして、1人当たり3300万円、総額約55億円の国家賠償を求めた訴訟。全国15地裁に計約2200人が提訴し、2高裁14地裁で審理している。2006年12月の神戸地裁判決は国に賠償を命じたが、05年7月の大阪、07年1月の東京、同年3月23日の徳島の各地裁判決は孤児側の訴えを退けた。
(引用終わり、アクセス日2007.3.31)