ベトナム報道における私の立場-裁判官のためのジャーナリズム入門講座その八

週刊金曜日28号(1994.6.3)貧困なる精神28より引用。
・しかしこのときベトナムに私を向かわせたこと自体、すでに探検指向からは「立場」が変わったともいえるでしょう。それまでの数年間の記者体験によって私の価値観は「ジャーナリスト的」になったのです。
・このときの私の「立場」は、ともかくジャーナリストの目で現場をまず見る、というものです。事実をよく見なければ真相は分からない、とする立場。演繹的ではなく帰納的でなければならないとする立場。
・そこで見たものは、米軍による民衆へのあまりにもひどいやりかたであり、戦争でもうけている連中であり、米兵側にしても黒人など被差別者ほど最前線に行かされる実態であり、無茶苦茶に浪費される戦争物資とそれを売り込む兵器産業であり、要するに「資本の論理」による矛盾がムキダシにさらされている地獄絵でした。実際、戦後になって再訪したその村ではゲリラの大部分が死んでいましした。
こうした取材を通じて、いわゆる新植民地主義的な支配の実態を知ると同時に、アメリカ型民主主義への疑惑が生じ、それはつづくルポ『アメリカ合州国』(朝日文庫)となります。また戦場の実態をつぶさに体験したことが、ベトナムでの米軍と似た立場にあった中国での日本軍に私の目を向けさせることにもなります。その結果が、戦争中の日本軍に対する中国側の視点を聞き歩いた『中国の旅』でした。
・B52爆撃機による無差別ジュウタン爆撃がどれほどひどいものか、(略)、「原爆による広島空襲から放射能だけを引いたもの」といえばあるていど近いかもしれません。ともかく北ベトナムはアメリカ本土を一度たりとも攻撃したことも、攻撃しようとしたこともありませんでした。
・こうしたベトナム戦争の現場報告は、本書(『ベトナムはどうなっているのか?』朝日新聞社)以前に五冊にまとめられています(『戦場の村』『北爆の下』『北ベトナム』『ベンハイ川を超えて』『再訪・戦場の村』=いずれも朝日新聞社)。米軍によるあまりにも残虐で徹底的な虐殺・破壊・暴行をまのあたりに体験してきた新聞記者としては、その「立場」にアメリカ批判が強く出てくるのは当然でしょう。私の評論集『殺される側の論理』(朝日新聞社)はそのような体験から帰納的にみちびきだされてきたものと申せます。
・この「される側の論理」が以来一種の流行語ともなっていったのは、狭義のさまざまのイデオロギーを超えた「支配する側とされる側」のような根源的な問いかけだったからとも思われます。
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引用記事の著作権は『週刊金曜日』および本多勝一さんにあります。
*上記の朝日文庫などは在庫なしが多いが朝日新聞社の本多勝一集に収録されています。


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