韓国ソウルへの旅2-安重根記念館

2025年9月19日

ソウル南山公園の安重根義士記念館に行く。南山公園の図書館側から行くと10人弱の兵士が銃を持って談笑しており落ち着かない、パリの空港にも銃携帯の兵士が警備でいるが日本国内で銃携帯の兵士に町で会うのはめったにないので平和の重要さを感じる。図書館側からは記念館が分かりにくいがカタコト英語で掃除の女性に聞いてやっと着く。館内はシンとして見学者も少ないがテレビ局?がカメラを回していた。1Fのみであまり広くなく少し暗いが「侵略された側」からの考えが判り勉強になった。日本では伊藤博文を暗殺した犯罪人の「安重根(アンジュングン)」が韓国では英雄なのだから。事件から100年で市内のビルにも安の手形を印刷した巨大な布を見かけた。
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安が収監された旅順監獄
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当時の刑具
s-SANY0105.jpg記念館の展示パネルより、引用。

1.韓国の明成皇后を殺害した罪。(注:明成皇后=閔妃)
2.韓国の光武(高宗)皇帝を廃位させた罪。
3.乙巳5条約と丁未7条約を強制締結した罪。
4.独立を要求する無辜の韓国人を虐殺した罪。
5.政権を強制的に奪い統監政治体制に変えた罪。
6.鉄道、鉱山産業と農地を強奪した罪。
7.日本が第一銀行貨幣を強制的に使用して韓国の経済を撹乱した罪。
8.韓国軍隊を強制解散した罪。
9.民族教育を妨害した罪。
10.韓国人の外国留学を禁止し植民地化した罪。
11.韓国史を抹殺して教科書を押収して樊焼した罪。
12.韓国人が日本人の保護を望んでいると世界に嘘を広めた罪
13.現在韓国と日本の間には争いが絶えないが韓国は太平無事であるかの如く天皇を騙した罪。
14.大陸侵略によって東洋平和を破壊した罪
15.日本天皇の父太皇帝を殺害した罪(注:太皇帝=高宗)
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私が伊藤博文を銃殺したのは韓国独立戦争の一部である。また私が日本法廷に立つようになったことは戦争に敗れ虜になったからだ。私は個人の資格で事を行ったのではなく、大韓国義勇軍参謀中将として祖国の独立と東洋平和のために行った。したがって、万国公法により処理すべきである。
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ハルビン義挙-1909年10月26日午前9時30分、
裁判-ロシア管轄地域であり、韓国人が起こした事件であったのに、日本の刑法によって裁判を進め裁判部は全員日本人で構成された。
裁判長審理
 1回公判:安重根義士に対する審理
 2回公判:禹徳渟と道先に対する審理
 3回公判:午前は柳東河に対する審理、午後は伊藤博文の罪状を話す途中、
裁判長によって阻止され裁判は非公開で進行される。
検察官論告
 4回公判:日本人検察官の日本法による求刑論告とその説明。
弁論及び最終陳述
 5回公判:日本人官選弁護人の弁論と安重根義士の最後の陳述。
判決言い渡し
 6回公判:安重根義士に対する死刑判決。
*1910年2月7日から14日まで、たった8日間で裁判が終わる。
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1909年11月3日、安重根義士と同士らは旅順監獄に収監される。日本は安重根義士に対する調査を進めながら、倉知鐵吉政務局長を通じて重刑に処することを指示した。また関東都督府高等法院長の平石を本国に召還し、死刑判決を出す裁判を進行するように念を押した。裁判が始まる2ケ月前にすでに決まった事だった。
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最後の公判で死刑を言い渡された安重根義士は「日本には死刑以上の刑罰はないのかと」とむしろ堂々と聞きながら笑みを浮かべた。死刑判決の消息を聞いた母の趙マリア女史は安重根義士に「正しい事をして受ける刑だから卑怯に生を求めず大義に死ぬことが母に対する孝行である」という言葉を伝えた。
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私が韓国の独立を回復し東洋の平和を維持するため三年あまり海外で風餐露宿したが遂にその目的を果たせずここで死ぬ事になった。だが我ら2千万同胞はそれぞれ自ら力を尽くし学問に励み実業を振興させ私の意志を引き続き自由と独立を回復するならば死ぬ者は遺恨はないだろう。(引用終り)
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s-SANY0110.jpg明洞近くの朝鮮銀行旧本館。他のソウルの旧日本の建物が旧市庁も旧ソウル駅も工事中の塀に囲まれて見えなかった、朝鮮総督府みたいに取り壊さないとは思うが。消失した南大門も再建中でかべの中・・・。