週刊金曜日175号1997.6.20 西野瑠美子の証言シリーズ5 取材で見えてきた「慰安婦」の事実

2025年9月12日

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P4金曜アンテナ
「慰安婦」をめぐる市民集会を右翼が妨害
埼玉県白岡町中央公民館で「慰安婦」と歴史教科書と人権をテーマに、市民討論会、右翼の街宣車・・。記事にした埼玉新聞、毎日新聞浦和・東支局にも押しかけ、パネリストにも電話。市民グループの集会に右翼街宣車が押しかけたのは初めて。

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P22 1993.8.4日本政府は「従軍慰安婦」に関する調査結果と、その調査によって得られた認識を公式に発表し、軍の「関与」と「慰安婦」に対する強制性を認めた。この河野談話による(略)。しかし、ここには在日韓国人や中国人、フィリピン人、台湾人、インドネシア人、オランダ人等の「慰安婦」の被害女性への調査はなされておらず・・。

・人道的関与へのすり替え
教科書から「従軍慰安婦」の記述を削除せよという人々は、官房長官談話発表に至った経緯すらねじ曲げ、「国益論」を翳しながら「慰安婦は商行為」と、事実を否定する主張を繰り返している。また軍の「関与」については人権保護だと言う。いうなれば否定しきれない事実については認識で実態をすり替えるという、きわめて悪質な主張を展開している。4回にわたって本誌で紹介した方々の証言は、軍がどのような「関与」をしていたのか、その実態を如実に語るものだった。
P23・慰安婦 性具 物質
1942.9.3の陸軍省「課長会報」には、課長会議で倉本敬次郎陸軍省人事局恩賞課長が、将校以下の慰安施設を北支100、中支140、南支40、南方100、南海10、樺太10、計400ヵ所に作ったことが記録されている。業者が慰安所を設置したのではないことは、ここからも明白である。(慰安所があった場所 地図)

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P24
 性器が腫れ上がり血膿が出るほどに体はボロボロになった。慰安所に監禁されていた時、出血が止まらない状態であってもなお性行為を強いられた。度重なる強姦によって子宮が糜爛し腹痛に苦しんでいたが、それでもなお軍人たちは強姦を繰り返した。
 軍人たちはズボンのボタンを外して慰安所に立ち並び、大声で怒鳴ったり、ときに「慰安婦」に乱暴を働く者もいた。
金相鳳さんの証言の中に、中国人女性を強姦した日本軍人が報復されて殺されたという話があった。軍容認の強姦システムを、社会から見えない形に作り出した。「慰安所は共同便所なり」という軍医の具申書にもその体質と認識が浮かび上がる。
P25大阪から朝鮮女性を運んだ船が陸軍の御用船であったことは、軍が「慰安婦」の「移送」を行ったということである。
加害の歴史

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貧困なる精神87 民族と国家、そして地球5)本多勝一
国家という"怪獣"を解体して民族の文化的すみわけへ
4)先住民族に学ぶ
P57 (1988年)に「マゼランが来た」の取材で南米に行って一番驚きかつ怒りを覚えたのは、今なお先住民族を虐殺中だったことです。
たとえばパラグアイでは、1970年代にウンデッドニー級の大虐殺がありました。合州国のウンデットニー虐殺にしてもわずか100余年前(1890年)のことです。ブラジルのアマゾン流域では、土地問題で「インディオ」がよく襲われ、ときどき新聞記事・・、アイヌ民族も同様です。二風谷ダムでの土地強制収用は、アイヌ侵略の最終段階の象徴といえましょう。