戦時強制連行 中国人11人、2審で逆転敗訴 新潟訴訟
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3月15日9時53分配信 毎日新聞
中国人強制連行訴訟控訴審判決の言い渡し後、「不当判決」と書いた紙を掲げて立ちつくす原告ら=東京高裁前で14日午後2時11分
第二次世界大戦中に新潟港へ強制連行され労働を強いられたとして、中国人男性11人(うち5人死亡)が、国と新潟市の港湾運送会社「リンコーコーポレーション」に2億7500万円の賠償を求めた訴訟の控訴審で、東京高裁は14日、請求を棄却する原告側逆転敗訴の判決を言い渡した。安倍嘉人裁判長は「戦前の不法行為について国に責任はなく、会社への賠償請求権は時効で消滅した」と指摘した。
判決は強制連行の事実は認め「国と会社が身体、自由などの権利を違法に侵害した」と指摘。だが、国について、戦後の国家賠償法制定以前の行為は賠償責任がないとの「国家無答責の法理」などを理由に免責した。会社については「労働者への安全配慮義務に違反した」と判断しつつ、請求権が10年でなくなる民法上の消滅時効の成立を認めた。
1審・新潟地裁は04年3月、会社の同義務違反とそれを放置した国の責任を認めた上で「時効の主張は権利の乱用」として、強制連行訴訟で初めて両者に8800万円の支払いを命じていた。
1審判決後に亡くなった張文彬さんの二男で原告の一憲さん(52)は判決後の会見で遺影を胸に「非常に憤りを覚える。正義と公正を明らかにするよう闘い続ける。被害者が黙り込むことはない」と話した。【高倉友彰、北上田剛】
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中国人強制連行訴訟:原告敗訴 法廷に飛び交う抗議--控訴審判決 /新潟3月15日13時1分配信 毎日新聞
◇「歴史の公正取り戻す」
「父には安心してほしい。もし負けても、最後まで闘い抜く」。原告側の逆転敗訴となった14日の中国人強制連行訴訟・控訴審判決。判決前日、そう話していた被害者の遺族、張一憲さん(52)は父の遺影を胸に判決に臨んだ。原告だった父・張文彬さんは、控訴審を最後まで見届けることなく死去。敗訴が告げられ、抗議の声、怒号で騒然とする法廷で、一憲さんは静かに天を仰いだ。【北上田剛、黒田阿紗子】
東京高裁101号法廷。安倍嘉人裁判長が原告敗訴とする判決を読み上げると、傍聴席からは「ひどい」、「バカみたいな判決出すな」と抗議の声が飛んだ。
弁護団長の中村洋二郎弁護士は判決後、「(敗訴が続く)同様訴訟の突破口になる判決がほしかった」。一憲さんは「歴史の公正を取り戻せるよう、これからも闘っていきたい」と怒りをあらわにしながら、上告の意思を明らかにした。
99年8月、第1次提訴に踏み切った文彬さんは1審判決後、裁判の勝利を願う遺言を残し、83歳で亡くなった。1944年に日本軍に捕らえられ、新潟に連行。真冬でも着替えも支給されないまま、新潟港で石炭の積み下ろしなどを強制された。小麦粉などで作った少量のまんじゅうしか与えられず、外に生えている雑草を食べたこともあった。
その後、広島に連行された文彬さんは、刑務所内で被爆。帰国後も、強制連行・労働に加え、被爆による症状が続いた。一憲さんは子供のころに見た、夜も痛みで眠れず、薬が手放せなかった父の姿を覚えている。175センチの身長で、体重が40キロを切ったこともあったという。
新潟地裁の勝訴判決を「本当に喜んでいた」という文彬さん。慢性気管支炎や肺気腫、肺結核など九つの症状に悩まされながら、04年12月に亡くなった。
「長い裁判になる。私がいなくなっても、次の世代が引き継いで闘い抜いてほしい」。逆転敗訴の判決を受け、一憲さんには父の言葉がいっそう重く感じられた。
◇外務省アジア大洋州局中国課の話
国側の全面勝訴で、これまでの主張が認められたものと思っている。
◇中村弁護団長の話
時効や除斥という時間で形式的に片づけた不当判決。到底承知できず、ただちに上告したい。
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◇中国人強制連行新潟訴訟の争点
判決 事実認定 国家無答責 安全配慮義務違反 除斥 時効
1審 原告勝訴 ○ ○ 国、企業 × ○
控訴審 原告敗訴 ○ × 企業のみ × ×


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