裁判官が軽蔑すべき職業になる-裁判官のためのジャーナリズム入門講座その一一

2025年9月22日

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週刊金曜日32号(1994.7.1)貧困なる精神31より引用。
・筧康生裁判長による一審判決は、殿岡被告の評論を「不正確であり、やや軽率であった」と判示しましたが、これが果たしてことの重大性を認識した者の表現でしょうか、他人の言葉を私の言葉にスリかえ、当局による明白な発表モノとして記録した内容をジャーナリスト自身のものに変造した上で、そうした改竄なしには成立しなかった非難・中傷をジャーナリストに投げつける。
・発表モノは厳正に「そのまま伝達」しなければならないのであって、歪曲して伝達すればそれこそがジャーナリズムの否定である点、もはや再論する必要もないでしょう。
・こうした意見書も読んだはずの丹宗朝子氏(二審裁判長)がどんな判決を下したか。(略)とくに殿岡による改竄の事実ははっきり認めているわけですが、(略)
・暴力団やヤクザの役割にしても、こうした「法を頼りにできぬ現実」の側面があるために、いつまでも存在するのでしょう。民主主義も、司法の公正があってこそ意味があります。政権の道具と化した司法では、何度もいうように、ソ連その他の実例と同じく、もはや民主主義ではなくなっているのですから、国民もそのつもりで対処せざるをえません。

引用記事の著作権は『週刊金曜日』および本多勝一さんにあります。