内田樹さんインタビュー(日本で全体主義への抵抗が弱い理由)

2025年9月15日

反ナチ運動など、全体主義への抵抗運動を調べていて、見つけた。東京新聞でも読んだような・・。
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http://blog.tatsuru.com/2015/08/21_1555.phpより、引用、抜き書き(北海道新聞インタビュー)。

米国の意図を忖度して、手際よく実現できる人たちばかりが日本の政官財界、メディアから学界まで牛耳るようになってしまったのです」
ーどうしてそんなことに。
「田中角栄のケースが響いていると思います。田中は米国の了解を得ずに中国との国交正常化を図ったため米政権の怒りを買い、米国上院から始まったロッキード事件(注1)で逮捕されました。以後、米国の逆鱗に触れた政治家は政権を維持できないということは日本の常識です。佐藤栄作、中曽根康弘、小泉純一郎・・・、親米派の政権以外は長期政権を保つことができない」
ー米国が日本の内政に露骨な干渉をしているとは思えません。
「米国が直接口出ししなくても、日本国内に従属システムができあがっています。最近では鳩山由紀夫首相が沖縄の米軍普天間基地の移設先を『最低でも県外』と言ったら、いきなり首相の座から引きずり下ろされた。別に米国が内政干渉したわけではありません。日本の政治家、官僚、メディアが一致して『米国の国益を損なうような政治家に政権は任せられない』と大合唱して辞めさせたのです。彼らのロジックは『米国の国益を最優先に配慮することが日本の国益を最大化する唯一の道である』というものです。そういう発想をする人間が日本では『リアリスト』と呼ばれているのです」

同じ敗戦国のドイツやイタリアは日本と違うのですか。
「ドイツやイタリアでは戦時中でも政権への激しい抵抗が繰り返されました。ドイツではヒトラーの暗殺が何回も計画されましたし、イタリアのムソリーニはパルチザンに処刑されましたし、イタリア軍は最後は連合国側に立ってドイツ軍と戦いました。しかし、日本には戦争指導部に対する理性的な批判も、組織的な抵抗もありませんでした。だから、戦争が終わったときに敗戦の総括をしうるだけの倫理的・知性的な基盤をもった国民主体が存在しなかったのです」
ーなぜ日本では抵抗が弱かったのでしょう。
日本の制度としての強みは300の藩に統治単位が分かれていたリスクヘッジの確かさにあったと私は思いますが、明治政府が導入した欧米的な中央集権的な統治システムによって、日本の社会的多様性が失われ、社会が均質化・定型化した。それが戦争への抵抗の弱さ、そして敗戦そのものに帰結したと私は思います」

ー何だか現在に重なって聞こえます。
「今は先の戦争と次の戦争の間の『戦争間期』にあると私は思っています。安倍首相の言う『戦後レジームからの脱却』は憲法を基につくり上げた国のかたちを破壊することです。具体的にどのような統治システムを作りたいのか自民党改憲草案を読めばはっきりはわかりますが、国のかたちについて彼が語る言葉はほとんど抽象的な空語です。とりあえず戦後日本の統治システムを破壊したいということしかわからない。彼が最優先しているのは、とにかく『戦争ができる国』になることです。彼の脳裏では『戦争ができる国』が主権国家と等置されている。それが米国の従属下であっても、戦争ができるようになりさえすれば「国家主権は回復された」と彼は思い込んでいる。
「戦後レジームからの脱却」は端的には民主制・立憲主義を捨てることを意味しています。

「世界は今、歴史的な転換点にあり、国際社会の枠組みは急速に変わっています。超覇権国家だった米国の衰退が始まり、中国やロシアが台頭し、欧州ではドイツが一人勝ちの状態です。

にもかかわらず、日本政府は相変わらず対米追従以外に何の国際戦略も持っていません。思考が停止している。海外メディアが日本は危機的な状況にあると繰り返し警告しているのに、耳を貸す様子もない。このような状態で日本が歴史的激動期を生き抜けるのかどうか、たいへんに心配です。」
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トランプのような??の政治家にいきなりしっぽを振る安陪がリーダーで大丈夫なのか?
(追記)
室町時代あたりの歴史をひも解くと、「なんとか一揆」というのが実に多い。「土一揆」「徳政一揆」「国一揆」「一向一揆」などなど、のネットの意見見つけ。

「付和雷同」は得意かと・・。そろそろ一揆か。(幕末のええじゃないか打ちこわし・・。平安末の末法思想はやり)、米騒動。こういった庶民が主役の抵抗運動は大河ドラマなどにはならないなあ。
日本史の記憶を動員、強訴愁訴逃散(最後が思い出せなかった)
おらあ、手っ取りばやく逃散かな(国外はX、嫌い=亡命
次回は時の権力者に抵抗した、有名人を列挙すっか。転向風見鶏・・。