小林多喜二 治安維持法の時代 週刊金曜日2003.2.28号


作家を殺した時代を僕は許さない 米倉斉加年氏に聞く
ひどいと思うのは、特高は逮捕してからいきなり尋問もせずに拷問して殺している。
戦争で最も恐ろしいのは、弱い者から死んでいくことなんですよ。
小林多喜二 治安維持法の時代
凄惨な特高の拷問
1933年2月22日、都内・馬橋の自宅に運ばれた遺体。(略)特高は、火葬、葬儀まで妨害し、葬儀委員長を事前に逮捕した。さらのい警察は終戦まで多喜二の作品を随筆すら発禁とし、保持者を検挙するなど、肉体のみならず思想の抹殺を試みた。
遺体の顔には、当時の銅貨大の傷跡が5~6か所あり、下腹部から左右の膝頭にかけ、よほど強く殴られたのか以上に赤黒く肥大しているばかりでなく、足には釘か何かを打ちこまれたような傷跡が15,6か所も残り、肉が露出していた。
(治安維持法)によって虐殺されたのは多喜二を含め80人、拷問・虐待が原因による獄死が114人、病気その他の理由による獄死が1503人にものぼる。
戦後になっても実際に手を下した特高の誰一人として罪に問われた形跡はない。
ーーー(引用終わり、著作権は週刊金曜日にあります。)
共謀罪が通ったら、こんな暗黒時代が到来かも・・・。


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