泰緬鉄道建設の被害者ら日本政府に賠償請求 1万2千人再登録

2025年9月19日

日刊ベリタより引用。2007年02月27日掲載
泰緬鉄道建設の被害者ら日本政府に賠償請求 1万2千人再登録
 【クアラルンプール27日=和田等】第二次世界大戦中、日本軍によりタイとビルマを結ぶ泰緬鉄道(415キロ)の建設作業に強制的に駆り出されたマレーシア人遺族が1月に、昨年亡くなった父親の遺志を継いで、日本政府に賠償を求めた。同時に「死の鉄道」建設に生き残った人たちと、親族・遺族に被害者リストに再登録するよう呼びかけた結果、マレーシア全土で1万2000人が登録した。(引用終わり)
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http://www.asyura2.com/0411/war61/msg/430.html泰緬鉄道の建設には約6万5千人の捕虜が投入された。泰緬鉄道はタイのノンプラドックからビルマのタンビュザヤまでの415キロの鉄道で、42年6月大本営によって建設が決定され、直ちに着工、翌年10月に完成した。人跡未踏のジャングルの山岳地帯であり、マラリヤなど熱帯伝染病の多発地帯に短期間に鉄道を建設するために病気の捕虜までも作業に駆り出し、食糧も医薬品も欠乏するなかで約1万2000~3000人が犠牲になった。特に奥地に送られたFフォースと呼ばれた捕虜グループでは7062人中3096人(44%)が犠牲になった。
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http://www.asyura2.com/0411/war61/msg/429.html泰緬鉄道の建設にあたっては捕虜だけではなく、民間のロウムシャも大量に使用された。ここにはビルマ、タイ、マラヤ、ジャワなどから20万人以上が投入され、少なく見積もっても4万2千人、イギリスの資料では約7万4千人が死亡した。ビルマでは、ビルマ軍政監部がビルマ民政府にロウムシャの供出を命じた。勤労奉仕隊として17万7300人が各地方に割り当てられてロウムシャとして狩り出されたが、その半数は途中で逃げ出したと見られている。マラヤでも地方ごとに割り当てられたが、建設現場のひどい状況がうわさで広がってくるとなかなか集められなくなった。すると強引なロウムシャ狩りや騙して集める方法もとられた。