中国の旧日本軍毒ガス事故、被害者が日本政府提訴2007.1.25

2025年9月19日

中国の旧日本軍毒ガス事故、被害者が日本政府提訴
http://www.asahi.com/world/china/news/TKY200701250298.htmlより引用。中国・黒竜江省のチチハル市で03年、旧日本軍が遺棄した毒ガスに触れるなどして1人が死亡、43人が重軽傷を負った事故で、負傷者全員と遺族の計48人が25日、日本政府に総額14億3440万円の賠償を求める訴えを東京地裁に起こした。
 原告・弁護団は「毒ガスを放置し、被害発生を防止する義務を怠った」として日本政府の責任を問う一方で、裁判をてこに被害者救済制度の創設を政府に働きかける。 (引用終わり)2007.1.25

http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=200703041337000より引用。連載:「私は加害者なのだ」-戦時下、毒ガスを極秘製造した元養成工は語る
【はじめに】 
 太平洋戦争敗戦から62年。今や日本人の大半が戦争体験のない世代となった。先のファシズム戦争が日本人に強要した他国民への加害者意識は薄く、この傾向は日本人の大国化意識の膨張でさらに進む一方だ。戦時中に、旧日本軍が遺棄した毒ガスで今もなお苦しむ中国人が多くいる。90年代から日本でも毒ガス遺棄事件にようやく目が向けられ始めた。国際法で禁止されていた毒ガスがどこで、誰によりどのように作られ、いかにして戦場で使われたかを知る人はまれだ。この加害の事実は、幾重にも隠滅工作がなされ、歴史の闇に葬られかけた。だが、国が加害の歴史を隠匿しようとも、自責の念にかられ証言を始めた男性がいる。藤本安馬氏、80歳。広島県に生まれ、15歳からの多感な青春時代に3年半も一時は地図から消された瀬戸内海の大久野島で毒ガス製造に従事した。ガンとの闘病生活を送る藤本さんは今、「私は加害者なのだ」と体験を語り続けている。なぜ毒ガス製造に日本は踏み切ったのか。15年間にわたり毒ガスはどのように製造され、中国でどう使われたのか。日本軍降伏とともに現地に遺棄された毒ガスで2千人以上の中国人が被害に遭っている。この問題を過去のこととしてしまうことは決してできない。(佐藤あゆみ)
(引用終わり)