【第2回】コードネームで生き、本名も知らない…自衛隊「別班」の異常すぎる日常,7.26クーリエ・ジャポン

「別班」本部とアジト、厳しすぎる選抜試験の実態 

別班の正確な組織の全体像はわかっていないが、これまでの取材から概要は判明している。別班の本部は、市ケ谷の防衛省の敷地内のビルの一室。そこに別班長と数人の幕僚らが勤務している。別班の指揮は別班長が執る。上司は陸幕情報部長だ。本部は目立たない場所にあり、出入りする人は少ない。入り口ドアの防犯カメラは常時作動している。

メンバー同士はコードネームで呼び合うからお互いに本名は知らない。別班は完全に縦割りで、別班長ら幹部以外は全体像を知らない。一般の班員は、他のグループのメンバー、任務などもまったく知らされていなかった。国内には東京の池袋、新宿、渋谷などのビルの一室を借りたアジトが複数存在している。札幌、仙台、名古屋、大阪、福岡など地方にもアジトがあるときいた。アジトには数人ずつが所属して、情報収集活動をしている。本部(市ケ谷)へはほとんど行かない。

韓国、中国、ロシア、東欧などには複数の海外拠点があり、各地に派遣されたそれぞれ数人の別班員が他省庁の職員や商社マンなどを装って、情報収集活動を展開している。別班員の総数は正確にはわからない。別班長以下、国内外の要員を合わせて数十人としか言えない。

別班員を養成する現在の陸上自衛隊情報学校の心理戦防護課程の入校試験は、極めて特殊だ。

面接試験では教官が「先ほどの休憩時間にトイレに行ったな。そのトイレのタイルの色を言え」と意表を突く出題。また別の教官は、大陸の形だけが描かれた地域別の世界地図を数枚示して、「X国がある場所を示せ」と質問。X国は目立たない小国で難問だった。「このあたりです」と答えると、「X国はこの地図には含まれていない。別の地域だ」などという滅茶苦茶な出題もあった。

適性試験は長時間かけて、複数の教官からありとあらゆることを尋ねられ、終了後には心身ともに疲労困憊していたという。厳しすぎる試験に「たとえ心理戦防護課程に入校できても、やっていけるのか。放校になって、原隊に帰されてしまうのではないか」と強く不安を感じたという。

情報学校の心理戦防護課程は旧陸軍中野学校の後身だ。前身と後身の試験内容は驚くほど似通っている。

畠山清行著、保阪正康編『秘録 陸軍中野学校』に収録されている証言では、「自分は、かつての陸大の試験をうけた将校から『今あがってきた階段は何段あったか』ときかれたという話をきいていた。それで、たぶん、そんな問題が出るのではないかと思っていると、果たして『今、エレベーターに乗ってきて、感じたことはないか』とまっ先にきかれた。『みんな扉のほうを向いていた』と答える」などとの記述がある。

また別の受験生は「『グアム島はどこにあるか。この地図で捜せ』と、世界地図をしめした。ところが、前もってグアム島だけは消してあった。でたらめを言って、知ったかぶりをするかどうかためしたり、堅い話からやわらかい話と、われわれのときは、1人に1時間から1時間半もかけて質問した。あれだけやられたら、どんなに仮面をかぶっていても、はがれてしまうし、性格もはっきりわかる」と証言している。

さらに心理戦防護課程の面接試験では、「ここに入る前にいた控え室の机の上にあった新聞は何新聞だったか」との質問もあった。また、試験を受けていると突然、「電気系統の故障はこの部屋か」と電気工事業者が入室してきて、教官が「違う。別の部屋だ」と答え、業者は退出。その後教官が「今の男の眼鏡のフレームは何色だったか」「右手には何を持っていたか」などと質問するテストもあったという。

心理戦防護課程の同期は数人から十数人ほど。課程では情報に関する座学のほか、追跡、張り込み、尾行、そして尾行をまく訓練もあった。警察の捜査員顔負けの訓練内容だが、張り込みや尾行についても、“警察の外事・公安流”ではなく、伝統の“旧陸軍中野学校流”で、両者の手段、方法はまったく違うのだという。どう違うのか、と尋ねたが、笑って誤魔化されてしまった。「ど素人に言っても、わかるはずがない」という笑いだった。

基礎教育の修了後には、朝鮮総連の幹部に食い込んで内部情報を取ってくる訓練や、突然、地方の町に出張させられ、町民から怪しまれないようにその町の権力構造を調査する訓練などもあった。万が一、発覚するような事態になれば大問題に発展しかねない、危険極まりない訓練だ。

別班員として活動するには普通の人にはない特殊な能力が多方面で必要なようだ。例を挙げると1つは、心理戦防護課程入校試験の「先ほどの休憩時間に行ったトイレのタイルの色を言え」などの意表を突く出題に答えられる能力。つまり、常に全体を認識してそれを記憶する能力だ。

もう1つは、突然「新聞記者に偽装してAという人物からBという情報を取ってこい」と命令されたとき、それまでの自分を捨てて、完全に新聞記者の人格に成り切る能力だ。どうやって自分をなくして別の人格になるのか、いろいろと質問したが、理解できなかった。(つづく)

石井暁著『自衛隊の闇組織』