在日選手の活躍 報徳学園X京都商 1981年

2025年9月13日

朝日新聞2017.2.1の連載より、引用。
1.同胞の名見つめた一戦 2.3倍の努力をしなさい 3.コリアンの自覚それぞれ 4.「本名でいいか」と監督
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 反響の大きさは、在日コリアンに一つの道が開けたことも影響していた。巨人などで活躍した新浦壽夫が静岡商時代、夏の甲子園でエースとして準優勝しながら、韓国籍のため国体に出場できなかったように、門戸は閉ざされていた。だがこの年の7月、日本体育協会は在日外国人高校生の国体参加を承認。報徳学園と京都商が準決勝に進んだ8月19日、滋賀国体出場が発表され、鄭や金村ら在日コリアンも出られることになった。

5.反骨心死ぬほど練習  16.初の韓国ヒーロー扱い 17.3つの国籍誇りは胸に
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18.「なぜ韓国語が話せない?」 19.国籍選択それぞれの道 20.本名貫いて日本人に
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(引用終わり、著作権は朝日新聞にあります)
ーー戦後ドイツのように、在日朝鮮人に希望者には本名で日本国籍を認めていれば、よかったと思う。旧植民地宗主国の日本政府は戦中、被植民地民族(朝鮮、台湾ほか)を拉致、強制労働させたが、敗戦後全て放り出し、無視を決め込んだ。

朝鮮週刊金曜日

Posted by 中の人