#群馬の森 #追悼碑裁判 #追悼碑を守る会 声明文 2017.7.26

2025年9月20日

声明「記憶反省そして友好」の追悼碑(群馬の森)を守るために
一層のご支援をよびかけます!
-過去を忘れず、未来を見つめ、アジアの平和と友好を築くために-
1.県民のみなさん!県立公園・群馬の森の一角に立っ「記憶・反省・そして友好」の追悼碑をめぐる裁判が、いよいよ最終局面を迎えます。
この碑は、アジア太平洋戦争の末期、植民地・朝鮮から強制的に連行され、群馬県内で過酷な労働を強いられ、命を落とした朝鮮人労働者の死を悼むために建てられました。
 いまこの碑をめぐって、碑の撤去を求める詳馬県と碑の設置期間更新を求め、追悼碑の存続をめざす私たち追悼碑を守る会の間で裁判が行われています。裁判所における口頭弁論はすでに15回を数え、裁判は間もなく結審し、判決を迎えようとしています。
2.アジア太平洋戦争の末期、日本政府は、労働力不足を補うために、植民地・朝鮮から「労務動員計画」で大勢の朝鮮人労働者を強制的に連行し、戦場や軍事工場・鉱山・鉄道・発電所など国内の様々な現場で、過酷な条件下で非人間的な労働を強い、i多くの犠牲者を出しました。群馬県内でも、6,000人を下らない朝鮮人労働者が様々な労働現場で働き、多数の犠牲者を出しています。しかし、その実態は、国や地方行政機関が、関係文書を焼却・廃棄したため、十分に解明されていません。
3.追悼碑は、故郷に帰る夢を果たせず、異郷で無念の死を遂げたこれら朝鮮人労働者を悼むと共に、はかり知れない痛み・苦しみを与えた侵略・植民地支配の歴史を記憶にとどめ、若い世代に引き継ぐと共に、過ちを繰返さない決意を新たにすることで、韓国・朝鮮や中国をはじめ広くアジアの国々・人々との間に真の平和と友好を築き上げていく願いを込めて、建てられました。
4.群馬県に対する最初の要望書提出から5年、詳馬県議会の請願採択に始まり、建設用地の選択や碑の態様、名称、碑文をめぐる交渉と合意を経て、碑の竣工、除幕まで足掛け4年の歳月をかけて、碑は2004年4月完成しました。
この間、碑の建立運動は、群馬県当局をはじめ自治体・議会や、県内外の多くの市民のみなさんの協力と支援によって支えられてきました。碑の建立費用には、賛同いただいた県内外の大勢の市民のみなさんが拠出いただいたご芳志が、充てられました。
5.追悼碑は、合意にいたる過程で、追悼碑を建てる会(現守る会)との長時間に及ぶ真撃な協議に多くの努力を払われた群馬県当局をはじめ、上述のような多くの市民のみなさん、そして県民の皆さんの協力と支援が生んだ共同の財産であると同時に、県民の良心の証でもあります。それは又、日本と朝鮮・韓国をはじめアジアの平和と友好をみすえた貴重なモニュメントとして、県立公園・群馬の森にふさわしい施設となっています。
6.しかし、冒頭に触れたように、群馬県は、この追悼碑の設置期間更新を求めた守る会の許可申請に対して、←2014年7月11日、不許可を決め、撤去するよう求めてきました。
県は、①追悼集会で来賓などによる「政治的」発言があり、追悼集会が政治集会となった
②右翼団体の行動によって碑の性格が変わり、「紛争の原因」となっているなど、を理由と
してあげていますが、いずれも言いがかりとしかいえないものです。
背景には、歴史を歪曲し、在日外国人への差別・排外主義をあおる一部右翼団体による碑の撤去を求める執拗な働きかけがあります。
7.前橋地裁における裁判が、いよいよ最終局面を迎えようとしている今、私たちは、_改めて県民の皆さんに訴えます。碑の建立を支えた人々をはじめ、広く県民の共有財産として、また県民の皆さんや碑を支えていただいているすべての人々の良心の証として追悼碑は存在しています。
裁判が大詰めを迎える今、この碑を守り抜くために全力をあげる決意を明らかにすると共に、これまで以上のみなさんのお力添えを心からお願いする次第です。
2017年7月26日      「記憶反省そして友好」の追悼碑を守る会