週刊金曜日80号 1995.6.30 目次、ヤマ場をむかえた「富山・強制連行訴訟」

2025年9月19日

週刊金曜日80号 1995.6.30 目次
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P4 ヤマ場をむかえた「富山・強制連行訴訟
太平洋戦争中”軍需会社”だった(株)不二越に強制連行、就労させられていた韓国人元徴用工・女子挺身隊計3名が、富山県下有数の企業である同社を相手取り、富山地裁に1992年9月提訴。23歳のとき指名徴用を受け、不二越の向上へ連行された。同社の社史によると韓国人徴用工が535人いたはずだ。賃金は一銭も受け取っておらず、この未払い賃金と慰謝料、それに謝罪を要求している。(後略) ルポ塾 栗林佐知)

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P45-51 絵筆に託してー"従軍慰安婦"にされたハルモニの思い
 この展示会を見た可愛い女子高2年生は、日本人であることがとても恥ずかしいと言った。

P52 日本の戦争責任 花岡事件と「従軍慰安婦」 野添憲治 企業が抱える戦争責任 
花岡事件とは何だったのか 1945年、秋田県花岡鉱山の鹿島花岡出張所で、強制労働に耐えかねた中国人たちが蜂起した。蜂起は失敗に終わり、その後まもなく日本は敗戦を迎えた。
強制連行、強制労働、そしてその後の鹿島の態度ー花岡事件には戦争中に日本が行ったことが凝縮されている。
花岡事件50年目にあたる1995年6月、鹿島に謝罪・補償を求め、生存者や遺族が提訴した。
・労働力として連行された
P53 日本に連行してくる中国人は、中国内で労工狩りという方法で集めた。真夜中に1つの集落を日本の兵士ヤカイライ軍が囲み、男たちは捕まえて後ろ手に縛った。家畜、食料、資材などは奪い、女たちが犯され殺された集落は、証拠が残らないように焼き討ちにした。有名なのが平頂山事件がある。

囲み記事 蜂起しなければ殺されていた 孟繁武

・重労働と虐待の日々
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P54 1944年8月に第1団の297人を花岡出張所に連行してきた。

・鹿島建設に対する提訴 新美隆 鹿島建設との交渉打ち切り 訴訟の意義 訴訟の争点
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P56裁かれなかった鹿島 1945.8.15日本はポツダム宣言受諾、17日に「華人労務者の取扱」が通達された。鹿島組花岡出張所はそれを無視し、同じように重労働させた。

第二の花岡蜂起に連帯する 福田昭典 中国人強制連行を考える会
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P58 「従軍慰安婦」問題の根 金富子

P61 まず謝罪、そして補償を考えて 宋神道
金の問題じゃない 日本での戦後
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P62 中国人戦争被害法律家調査団報告 渡辺彰悟
5 強制連行 
私たちは重大な事実に直面した。強制連行者の中で自分の名前を書ける人は少なかった。当然のことながら、名簿を作成する過程で不正確な表示となっていることは否めない。
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P64皇軍毒ガス作戦の村 最終回