週刊金曜日161号 1997.3.7目次、歴史は誰のものか

2025年9月20日

2023.10.5記
週刊金曜日161号 1997.3.7目次
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P32徹底追及「自由主義史観」「正史」づくりを主張する人たちに問う 歴史は誰のものか 永原慶二
・「自虐・暗黒史観」というきめつけ
戦時中、「国体」や戦争について多少とも批判めいた発言をした人物は、たちまち「非国民」というレッテルを貼られ、「日本共同体」から村八分的に弾劾された。藤岡氏の現行教科書やその筆者たちはそれとそっくりという点で慄然とする。
・イデオロギーとしての自国史像
P33・歴史を歪曲させるもの
・教育と学問の分断
アジア諸民族は日本帝国主義の決定的敗北によって、はじめて全面的な独立の戦いを進めることができたのである。
歴史の歪曲を教科書に持ち込むということは、基本的には学問と教育の分断を意味している。
日本では「学校令」(1886年)の生みの親・森有礼以来、少なくとも初等教育についてはこれを「国民教化」の手段とし、学問(学問の基礎を学ばせること)とは別と考えていた。
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P34神話を史実であるかのように強制した歴史教育が、考古学・歴史学の研究にどれほどの弊害をもたらしたか。
・価値視点としての「国益」と人権
藤岡氏の本音は「南京大虐殺」や「従軍慰安婦」がどこまで事実か否かという問題より、ともかく事実でないといいはることによってこれを教科書からはずさせようとしているとしか思えない。
関係する国々の国民の相互的理解と信頼を深めうるもっとも大切で共通の価値視点は人権である。それは自国中心の「国益」に固執する限り成り立たない。
・「正史」という時代錯誤

P35 鬼籍に入る日本軍元「慰安婦」の叫び 命あるうちに過去の清算を 伊藤孝司
・相次ぐ被害女性の死
・「私自身が生きた証拠」
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「女性のためのアジア平和国民基金」は国家の責任をあいまいにするとして、ほとんどの女性が受け取りを拒否している。
・被害女性たちの証言は信用できる
P37日本大使館前で倒れてからの姜徳景さんは、入退院を繰り返す生活だった。体調が少しでもよければ、大使館への抗議行動に出かけていたが・・。
・日本の未来のために必要な過去の清算
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P64蝙蝠を撃て!3 江藤淳1 作:雁屋哲
権力におもねる えせ知識人ばかりだ。うんざりするのは彼ら蝙蝠たちの数がどんどん増えていっていることだ。
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天皇を神聖不可侵なものとしてあがめ 日本を戦前の天皇制の社会に戻そうと引っ張るのも蝙蝠たちの仕事のひとつだよ。
まず蝙蝠たちの親玉から考えよう その男の名は江藤淳
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P72 アウジュヴィッツの記憶装置囚人番号6804号コヴァルチクの見たニッポン 木村悠紀彦
木箱には囚人の遺体があり、死を確認するためにその美しいSS隊員が心臓に釘を打ち込んでいるのが見えた。
・「ガス室は確かに存在しました」
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