本多勝一さんの日刊紙創刊を実現しよう

2025年9月22日

本多さんはまだ最近の週刊金曜日でも書かれているように新日刊紙の発行をあきらめてはおられないようだ。

週刊金曜日2007/3/2号より引用、日本の反動化とマスメディアの責任「(中略)ジャーナリズムは権力の監視役がその大きな役割であり、使命でもあるはずです。しかしそれがあまり果たされなくなっています。少なくとも私のいたころの『朝日新聞』にはまだそれがかなりありました。でも今は他の新聞と大して違わなくなっています。だから日本の現在のマスコミ状況は、人口の一定の割合の意識を反映しなくなりました。本来のジャーナリズムであれば「意識の反映」より一歩先じた報道であるべきでしょうが、とてもそんな状況ではありません。極論すれば、日刊紙ではないけれど『週刊金曜日』くらいしか定期刊行紙誌にはジャーナリズム精神が見られなくなったのです。
 そこで私の夢は、本来のジャーナリズムに立つ日刊新聞を同志らとともに創刊することにあります。もう10年若ければ自分が中心となってそのための運動や実務を進めるところですけど、新聞社を定年退職したときから『週刊金曜日』の創刊と初期の編集責任を果たすための時間にとらわれて、ついにそれができませんでした。この年末で75歳になる〝老人〟としてはエネルギー不足を覆いがたいけれど、もしそのような日刊紙創刊をもくろむ同志たちがいれば、側面からでも支援をさせてほしいと念ずるものです。
 新聞はすでに「紙」の時代からインターネットの時代になっていますが、真のジャーナリズムに立つ内容であればむしろ「紙」でこそ使命が果たせるのではないか。インターネット新聞の弱点のひとつは、内容の重要性によって扱いを決めること(見出しの大きさや段数の変化など)ができず、新聞の第一面にみられるようなニュースの価値判断が一目ではできにくい点でしょう。
 日刊新聞では100万単位というような大部数は必要はなく、たとえば関東や関西の地域でいえば10万単位で充分に使命を果たせます。いや「真のジャーナリズム」を求める質の高い読者の割合は、今も昔もそんなに高くはなかったのです。(後略)。

同2007/8/31号P53より引用、「でも核になるのは新聞でしょう。いい新聞は100万部なんてなくていいんです。もともと質の高い日刊紙を求める層の割合は、今も昔も明治時代もたいして変わりませんよ。関東なら10万部で影響力は充分。関西もそのくらいでしょうね。」--(以上引用終り)

同ブログも本多さんのXY新聞計画を応援するために立ち上げています(XY新聞の概要は左のカテゴリ「XY新聞」を参照)。かなり高齢になられ、朝日時代のお仲間もおられるでしょうがなんとか具体化できないかと思います。
さしあたっては新聞の宅配をどうするかでしょうか?専属の新聞配達は雇えないから、朝日の販売店へ依頼できればよいですが、朝日本社が商売敵に塩送るとも思えないが、OBの新聞ならなんとか支援してもらえないでしょうか?パソコンを使わない旧世代には無理にしても新聞が電子化できる(学校新聞などパソコンで作成可能)ならメールで送付できるとも思うが。私は紙で配達してくれるならそのほうがよいが、従来の新聞は切り抜きがたまって場所もとるので(スキャナーで読み込むにもA4スキャナーしか世間では販売しないので新聞の取り込みは不便)、保存には電子データも便利な気がする。

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なお本多さんの過去の日刊紙への発言はブログ左のカテゴリの「本多勝一」「XY新聞」で読めます。