「侵略」と「戦争」を混同してはいけない-5回目の南京へ19年ぶりに5

2025年9月20日

週刊金曜日642号(2007.2.16)貧困なる精神314より引用。
・「戦争」とはなんでしょうか(略)いわば「ケンカ」に相当します。「戦争」にせよ「ケンカ」にせよ要するに中立的な表現ということです。(略)この言葉自体には善悪の基準が含まれません。
・しかし「侵略」といえば、これは侵略した側とされた側があり、はっきりと善悪の基準が含まれています。したがって侵略の意味のときに「戦争」を使えば、その意図があるか否かをにかかわらず、侵略という悪業をゴマ化すことに、結果としてならざるをえません
・戦争なしの侵略もあるかからです。たとえば、侵略する側の武力があまりにも強大なために、きわめて弱小な国とか、はじめから武力のない民族は、抵抗などできない場合があります。太平洋上の島国などはその例が多かったようです。
 たとえばまた、最初は平和的接触ではいりながら、戦争もなしに少しずつ、次第に侵略に移行することもありました。インドや中国におけるイギリス帝国主義の初期の侵略方法をはじめ、これはよく見られた方法でしょう。
・「平和」にも、その中身には問題があります。(略)戦争にもならずに侵略された場合、そこにある風景は一見「平和」に見えることもあるわけです。支配する側とされる側はあるのですが、表面的にはケンカしているわけではないのですから。いわゆる新植民地主義による支配の多くはこれでした。とりわけアメリカ帝国主義が第二次世界大戦の後にとってきた方法にはこの方法がみられます。
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