60年安保

2025年9月19日

大阪市九条のシネヌーヴォで安保映画特集を見てきた。砂川基地闘争、ANPO他60年安保映画など。60年当時大人から子供までいかに安保条約の反対に全国民の共感を呼んでいたか、今では信じられないほどの盛り上がりを見た。宮崎学さんが60安保が一番不気味であったとなにかで読んだが雰囲気がよくわかった。70年安保や浅間山荘での赤軍の立てこもりなど時代が進むにつれて安保運動も学生に限定され、赤軍派は山にこもり、北朝鮮や中東へ逃げ活動が限定され国民からも支持がなく、無視、孤立した状況になっていた気がする。
今年は60年安保改定から50周年だが、あまり話題になっていないのでは。未見だが教育TVのETVで4回ほど特集が目に付いた程度。今日は沖縄県知事選だが基地を肩代わりしている沖縄で熱い。映画のなかで群馬のジラード事件もふれられ、米兵ジラードが薬莢拾いの主婦に、「ママサン、カモーン」と呼び寄せ射殺したのを知りショックだった。映画のなかで「不滅の足跡」は共産シンパなのか、国会南通用門前で圧死した樺美智子さんには一切ふれず全学連をトロツキスト?呼ばわりしていたのに違和感。砂川基地では農民が測量隊に自分の土地に入ってなにが悪いと抵抗、板付、小牧、新潟、沖縄など全国の基地闘争の地元民、労働者、日教組、社会党員が砂川へ集合していた。
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砂川基地、農民の抵抗。
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60年安保、映画ANPOほか
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以下DAYSJAPAN2005,10月号より、引用。
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60安保で国会へデモが30万人、直前米高官ハガチーが羽田から来日した車を学生ほか取り囲み、ヘリで脱出したなど今では信じられない光景が写されていた。映画でもCIA秘録の著者が言っていたが社会党はじめ左翼勢力の押さえ込みに成功したそうだ。中曽根による国鉄ほかの民営化で労組解体、小選挙区による社会党解体など米のいうままにことが進んできたと思う。60安保の年に社会党で国民的人気のあった浅沼委員長が右翼青年に刺殺され、社党退潮のさきがけになっているのもなにかを感じる。