BC級戦犯
http://ja.wikipedia.org/wiki/BC%E7%B4%9A%E6%88%A6%E7%8A%AFより引用。
なお、A級、B級、C級の区別は国際軍事裁判所条例及び極東国際軍事裁判所条例における単なる分類であり、「級」という語が使われているためしばしば誤解されるが、罪の軽重を指しているわけではない。
・B項「通例の戦争犯罪」とは、戦時国際法における交戦法規違反行為を意味する。
・C項「人道に対する罪」とは「国家もしくは集団によって一般の国民に対してなされた謀殺、絶滅を目的とした大量殺人、奴隷化、捕虜の虐待、追放その他の非人道的行為」と定義されたが、この法概念に対しては当時から賛否の意見が分かれていた。なお、このC項は、日本の戦争犯罪とされるものに対しては適用されなかった。
法廷一覧
横浜(日本)
広東(中国)
瀋陽(中国)
北京(中国)
太原(中国)
徐州(中国)
済南(中国)
南京(中国)
上海(中国)
漢口(中国)
台北(中国)
香港(当時イギリス領)
メイミョウ(ビルマ)
ラングーン(ビルマ)
ペナン(マレーシア)
アロースター(マレーシア)
タイピン(マレーシア)
クアラルンプール(マレーシア)
ジョホールバル(マレーシア)
バタビア法廷(インドネシア・ジャカルタ)
(引用終わり)
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今後BC級戦犯、捕虜も調べよう。侵略の実態がよくわかるのではないか。



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日本軍は残虐で凶悪、かたや支那軍は善良で穏やかだった、などと本気で言える人がいるだろうか。
日本軍は国民皆兵のよく訓練された組織で軍紀の正しい「国家の軍隊」といえる。
支那軍は適当に駆り集められたならず者の烏合の衆で、いわゆる「私兵」であり民衆から軽蔑されていた。高学歴の支那人は軍人などにならず、おかげで30歳ぐらいの将軍がたくさんいた。
日清戦争で日本軍が初めて遭遇した清兵は卑怯にして残虐極まりない軍隊だった。
清兵の捕虜になると、四肢を分断され、生きながら火炙りにされ、磔にされ、屍に対しても首を斬り、面皮を剥ぎ、性器を切り取り、胸を裂いて石を積めたりした。
国民革命軍の北伐途中の日本人居留民に対する略奪、虐殺、暴行もあった。
昭和2年の「南京事件」「漢口事件」翌3年「済南事件」でもパターンは同じである。皮を剥ぎ取り、目玉をえぐりだし、鼻をそぎ、内蔵を露出させ、男根を切り落とし、女性の陰部に割木を挿し込む。
昭和12年「通州事件」では支那保安隊が日本人居留民を襲い多数を惨殺した。
鼻や耳を削がれ、女性は陰部に棒を挿し込まれ、生き埋めにされ、手を針金で数珠つなぎにされ素裸にされ池に投げ込まれた。
日本人から見れば、かなり猟奇的に思えるが、奇風奇習ではなく支那の伝統文化である。これらの日本人に対する度重なる虐殺事件が「膺懲支那」の機運を生み、日支全面戦争へ突入した原因と思われる。