#群馬の森 #追悼碑裁判 ニュースNO13

2025年9月20日

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(10/11の)第15回公判で、証人尋問を終えた後、原告、被告、双方が準備書面を提出し、結審となる見込みである。

守る会代表委員の一人である角田義一さんは、戦前、日本の植民地下にあって無念の死をとげた朝鮮人の御霊が穏やかにいられるためには日朝間の平和を実現することだと述べ、今の緊迫した朝鮮半島情勢を憂慮し、アメリカによる米韓軍事演習や「斬首作戦」など、危機をあおり、力によって相手を押し黙らせようとするやり方がもっとも危険である。朝鮮半島で戦火を交えることになれば、日本においてある米軍基地、また、日本列島に設置されている原発に落とされれば日本は甚大な被害に陥る。そのようなことにならないためにも、アメリカの力による平和のまやかしを暴露し、安倍政権にはアメリカに追随しないよう求め、対話による平和の実現をすすめるべきだと話した。

 2017年総会アピール
 今年も、群馬の森「記憶反省そして友好」の追悼碑前で追悼集会を開催するという私たちの願いが叶いませんでした。
追悼碑は、2004年の群馬県議会で全会一致建立が認められ以後碑文や、碑の態様など全てにわたって、群馬県と追悼碑を建てる会とが協議、合意し、県内外から寄せられた多くの市民の浄財によって建立されました。
 ところが、建立から10年、群馬県は設置期間の更新を認めず、碑の撤去を迫ってきました。理由は、追悼集会の葛で政治的発言があり、追悼碑が政治的に利用された結果、碑の存在が紛争の原因となり、「憩いの場」としての都市公園にふさわしくないものとなった、というものです。私たちの知る限り、碑の除幕式から8回にわたる碑前での追悼集会について、県民から苦情や批判の声が寄せられたことは一度もありませんでした。もちろん、碑を管理してきた追悼碑を守る会(旧建てる会)も、碑前で政治集会を計画したことはありません。
 アジア太平洋戦争末期、植民地であった朝鮮半島から労務動員や徴用の名で多くの朝鮮人が連行され、過酷な労働を強いられ、異国の地で命を落としました。彼らの無念の死を悼み、記憶し、二度と同じ過ちを繰り返さない誓いを新たにするとともに、日本と朝鮮・韓国、そして中国をはじめ、広くアジアの平和と友好を願って、追悼碑が建てられ、追悼集会が行われてきました。
 群馬県の決定の背後には、2012年以降、一部右翼団体が行ってきたいわれない追悼碑攻撃が存在することは明らかです。
 私たちは、一方的に言い渡された設置期間更新不許可の決定を容認できず、更新許可を求めて前橋地方裁判所に堤訴し裁判闘争を続けてきました。すでに12回にわたる口頭弁論が行われ、裁判も最終段階を迎え、年内に判決が言いわたされようとしています。
 裁判では原告代表と弁護団が、守る会の主張を全面的に展開し、詳鳥原の決定の不当性を明らかにしており、私たちは勝利を確信しています。
 省みれば追悼碑建立後の10年、国の進路を曲げてしまうような動きが相次ぎ平和や人権が強く脅かされていることを感じます。歴史の修正・歪曲の動きとあいまって、在日朝鮮人・韓国人をはじめ、マイノリティーへのヘイトスピーチ・ヘイトクライムなど、排外主義的な動きが横行しています。戦争・植民地支配に関わる追悼碑や慰霊碑への不当な攻撃、碑文や説明板の不当な改廃が各地で相次ぎました。群馬における追悼碑への攻撃も、それらと軌を一にするものと思われます。
 いま私たちは、この時代をどう生き、未来をどう描いていくのかを厳しく問われています。それに応えるためにも、群馬の森・追悼碑建立にかけた思いを無にすることのないよう、“裁判闘争を軸に碑の存続に力をつくす決意です。
 おわりに、広く県民の皆さん、国内外から私たちの闘いを見守り連帯していただいている皆さんの一層のご支援をお願いし、アピールといたします。
 2017年4月22日   「記憶反省そして友好」の追悼碑を守る会
 2017年総会
ーー(引用終わり)
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