週刊金曜日 353号 2001.3.2目次、NHK ETV特集「戦争をどう裁くか」に何が起きたか
P7「つくる会」などを独禁法違反で告発
「つくる会」側は、文部省に届け出た教科書の編著者である西尾幹二・藤岡信勝両人の共著「国民の油断」(PHP文庫)1万5千冊を、昨年5月に全国の教育委員会事務局に送付し、各教育イン(全国で1万4000人)に届けさせた。同署は、他社本を誹謗・中傷する内容を多数含んでいる。絵に描いたような独禁法違反行為に該当する。(琉球大教授 高嶋伸欣)
P22「つくる会」教科書めぐる地方議会で請願採択の攻防 池添徳明
中学校の歴史、公民の教科書をめぐり、地方議会で「攻防」が続いている。教科書を教育委員会の主導で選ぶように求める請願や陳情が「自由主義史観」グループから提出され、全国各地で次々に採択されている。これに対して、教育関係者や護憲派市民らは「対抗請願」を出すことで、一連の動きにストップをかけようとしている。
・つくる会と同じ論調
「子どもと教科書全国ネット21」事務局長の俵義文さんは「文科省に対して右派の政治家や財界からの政治的な圧力が強いので、『つくる会』の教科書は100%合格するでしょう」と言う。
つくる会の支部組織、同会と同一の論調を掲げる「教科書改善連絡協議会」(改善協)、日本会議の支部。
仙台市議会に対しては、昨年9月「日本会議」の宮城県本部長の名前で「よりよい歴史・公民教科書による教育の実現」を求めメる西岸が提出された。歴史研究者、市民グループは「歴史の事実をねじ曲げる教科書を許さない仙台市民連絡会」を結成した。日本会議は紀元節復活や天皇を中心にした憲法制定を目指している団体で、「つくる会」と役員が重なっている。
・市民が議員を動かす
P66 NHK「戦争をどう裁くか」に何が起きた カットされた4分間の謎 竹内一晴
昨年の「女性国際戦犯法廷」をきっかけに今年1月末から4夜連続で、日本をはじめ各国の戦争犯罪を考える番組NHK・ETV2001「シリーズ 戦争をどう裁くか」が放映された。しかし、当初企画された内容と、まったく異なる形で番組は放映され、NHKは取材協力関係者からの抗議を受けている。”事件”の真相に迫る。
・押し寄せた右翼
右翼の抗議行動の概略は次のようなものだった。1月27日午前10時過ぎ、「NHKの反日・偏向を是正する国民会議」を名乗る団体約30人が、NHK4階正面玄関に押し寄せた。15時頃になると今度は大日本愛国党の街宣車6,7台が西口ゲートを突破して玄関まで乗りつけてきた。制服の党員20人ほどが建物の中まで入り、1時間にわたって抗議した。これらの抗議は、この番組シリーズの総責任者、永田浩三チーフプロデューサーの自宅にも抗議や脅迫の電話が殺到した。
・不自然な番組
1)放送時間の短縮 異常な事態だと思う。40分以上の番組が短縮された話は、一度も聞いたことがない。
2)構成が前後の回の内容と重複
3)タイトル偏向、焦点定まらぬ内容 2回目の当初の番組タイトルは「第二次大戦・日本軍による性暴力。あるいは「日本軍の戦時性暴力」だった。だが、タイトルからは「日本軍」の文字が消された。「人道に対する道」である日本軍戦時性暴力の責任者として、昭和天皇と旧日本軍の高官らを訴追し、判決(天皇有罪、国家責任)を下した事実が、見事に抜け落ちているのだ。
4)急遽挿入されたネガティブなコメント
放送2日前に突然取材の秦郁彦 日大教授の法廷に対し疑義を連ねたコメント
5)加害兵士の証言カット
「映像を使いたい」と依頼された鈴木氏らのリアルな証言がカットされていた。旧日本軍兵士による”内部告発”だけに、組織的性暴力の実態が迫力を帯びて視聴者に伝わるはずだった。カット・修正された部分があるとすれば、それは、旧日本軍の組織的性暴力の実態を「法廷」が明らかにし、昭和天皇ら責任者に有罪判決を下したことを伝える部分であったかと推測できる。
「日本軍」の文字がタイトルから消えたこと、日本軍の戦時性暴力(「慰安所」、強かんの事実)の扱いが縮小されたことは、抗議に来た右翼の利害に一致している。一部の政治勢力に屈したり、配慮する形で自主自制したのならば、報道・表現の自由は未曾有の危機であり、NHKだけの問題では収まらない。
・NHK側は完全否定
しかし、私が入手したNHKの労組系会報には、驚くべき直前再編集のドタバタ劇が克明に記されている。関係者の話として同会報は「番組は当初4分で作られていたが、途中で制作プロダクションをはずして、NHKの責任で再編・短縮が行われた。放送当日、いったん1分短縮の43分版となって放送3時間前に試写をしていたが、上層部の指示でさらに短縮された放送時間40分となった。カットされた部分にはある元『慰安婦』の血を吐くような証言があった」とする。
さらに驚くのは、何とカットを指示した人物とは、NHKにおける放送最高責任者であり、海老沢勝二会長に次ぐポストにいる松尾武放送総局長だったというのだ。しかも、3分カットした数カ所は松尾氏が見て直接指示したというのである。
P69 旧満州からの「引き揚げ」を遅らせていた日本政府 坂本龍彦(ジャーナリスト)
とくに旧満州(中国東北地方)からの引き揚げは、在満日本人が民間人だけで123万人に達し、引き揚げ開始が46年5月まで持ち越されたことで、さまざまな悲劇を生み出した。今回の政府公開文書は「現地残留」を第一義としたことを明らかにしている。
・「死者続出スルコト明白」との現地報告を無視
P70 敗戦で大日本帝国特使として関東軍司令部に飛来した大本営参謀の朝枝繁春大佐は・・、45年冬期前に内地に輸送すべしとした在留邦人は「軍人・官吏ノ家族ノ如き満州ニ生業を有セザルモノ」を中心に、百数十万人のうちの30万人だけだった。
・現地邦人の窮状知りつつ「極力海外に残留セシム」
棄民となり27万人中9万人が死んでいった開拓団関係者の情報を、外務省は46年3月の段階でもごく部分的にしかつかんでいない。
・中国での労働経験を無視した老後保障
残留孤児である井上征男さんの詩を相本さんが日本語に訳した「温情」という詩がある。その一節はこうだ。「忘れることはできない/ぼくたち死亡線上で気息奄々の時/情愛のふところを開いてくれたのは中国の母/慈愛の体温で小さな命を温めてくれた/山のような堅実な腕で風霜雨雪の中から守ってくれたのは中国の父/その時からぼくたち日本人孤児は死魔から逃れ/新生の血液を得た・・」
軍の特命を受けた避難、関東軍の将官・佐官の家族2000人の避難列車に追いすがる難民同胞を、銃で威嚇して振り切った。
P72 続・中国帰還者連絡会の人々(3) 中帰連
被害者の気持ちわかって真の悔悟 星徹 元将校・鹿田正夫の証言から
鹿田正夫、鳥取市の講演「私たちにまず加害意識がなければ、被害者の気持ちは分からず、その立場にも立てません。私が戦争中の罪行の話ができるようになったのは、撫順で人間の良心を取り戻す機会を与えられたからです」
カザフスタンでの抑留を経て、1950年7月に中国東北部の撫順戦犯管理所へ移送された。
・「三光作戦」を私もやった
島根県浜田で初年兵一期教育、古年兵からいじめぬかれ、数知れず殴られ、良心や自尊心を徹底的にたたき潰された。「初年兵教育の目的は、人間性の抹殺。命令により何でもやる人間に仕立て上げる」
中国湖北省当陽へ渡った。白楊寺村で掃蕩。
・用済みの捕虜は生体解剖
P74 ・首の皮一枚残して
P75 ・一枚の写真で翻心
そのように自分をさせた原因についても考えるようになった。学校での軍国主義教育、人間性を失わせ民族蔑視を助長させる軍隊組織、そしてその大本の天皇制。




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