週刊金曜日35号 1994.7.22 目次、「バターン死の行進」を行進する第2回

2025年9月19日

週刊金曜日35号 1994.7.22 目次
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P52 バターン「死の行進を行進する2 鷹沢のり子
・日本軍の言い分 木村敏夫「比島戦記ーバターン死の行進」「貴様ら捕虜なんかになりやがって、恥を知れ」
 御田重宝「戦争と人間の記録・バターン戦」「捕虜は疲れれば道端に横たわり、争って木陰と水を求め・・。捕虜の自由な行動がうらやましかった」
・日本兵への反感
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・米比軍第91師団の悲劇
マニラにおける戦争裁判のなかで、被告本間雅晴中将指揮下の日本軍人が犯したとされる起訴事実のひとつ「パンティンガン川の虐殺」、1942年4月12日ころ、フィリピン人軍捕虜ほぼ400人の将校および無電将校の一団を数珠つなぎにし、斬首・刺殺・銃殺によって大量虐殺した。
日本兵たちは日本刀を抜いた。
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加害の歴史