日本の反動化とマスメディアの責任-5回目の南京へ19年ぶりに7
週刊金曜日644号(2007.3.2)貧困なる精神316より引用。
・安倍は極右の議員連盟の中に常に名をつらね、A級戦犯容疑者・岸信介の孫で、沖縄返還のさい密約をした佐藤栄作元首相の又甥・・。
俺はよく指摘するのだが、問題の根っ子はこんな男を選出する選挙民の民度にあり、さらにはそれを放置どころか育てる主流マスコミ(ジャーナリズムではない)にある。
・この機会に「百人斬り競争裁判の報告を」(略)すなわち、南京攻撃の日本軍で、二人の将校が功績をきそって「どちらが先に敵兵百人を切り殺すか」を争ったが、実態は戦闘中ではなく、軍民無差別の「据えもの百人斬り」だったこと、日本刀は銃砲撃の近代戦には役立たぬこと、これをルポ『南京への道』(著作集版では『南京大虐殺』)でとりあげたら、反動集団が「この報道はもともと丸ごと虚偽だ」として名誉毀損の訴訟を起こしたこと、しかし最近の判決で当方が完全に勝訴したこと、このおかげで百人斬りについての新資料もたくさん発掘されたので、反動勢力のこの訴訟にはむしろ“感謝”していること。
・ジャーナリズムは権力への監視役がその大きな役割であり、使命でもあるはずです。しかしそれがあまり果たされなくなっています。少なくとも私のいたころの「朝日新聞」にはまだそれがかなりありました。でも今は他の新聞と大して違わなくなっています。だから日本の現在のマスコミ状況は、人口の一定の割合の意識を反映しなくなりました。本来のジャーナリズムであれば「意識の反映」より一歩先んじた報道であるべきでしょうが、とてもそんな状況ではありません。極論すれば、日刊紙ではないけれど『週刊金曜日』くらいしか定期刊行紙誌にはジャーナリズム精神が見られなくなったのです。
そこで私の夢は、本来のジャーナリズムに立つ日刊新聞を同志らとともに創刊することにあります。もう10年若ければ自分が中心になってそのための運動や実務を進めるところですけれど、新聞社を定年退職したときから『週刊金曜日』の創刊と初期の編集責任を果たすための時間にとらわれて、ついにそれができませんでした。この年末で75才になる“老人”としてはエネルギー不足を覆いがたいけれど、もしそのような日刊紙創刊をもくろむ同志たちがいれば側面からでも支援させてほしいと念ずるものです。・新聞はすでに「紙」の時代からインターネットの時代になっていますが、真のジャーナリズムに立つ内容であればむしろ「紙」でこそ使命が果たせるのではないか。インターネット新聞の弱点のひとつは、内容の重要性によって扱いを決めること(見出しの大きさや段数の変化など)ができず、新聞の第一面に見られるようなニュースの価値判断が一目ではできにくい点でしょう。
日刊新聞は100万単位というような大部数の必要はなく、たとえば関東や関西の地域でいえば10万単位で充分に使命を果たせます。いや「真のジャーナリズム」を求める質の高い読者の割合は、今も昔もそんなに多くはなかったのです。
—(引用終り)
引用記事の著作権は『週刊金曜日』および本多勝一さんにあります。
本多さんへ、段組のある電子新聞もありますよ!!
読み上げ機能もあるし、スクラップなども保管しやすく、過去記事も検索しやすくなるのでは。月ぎめ金額も安いようだ。(私の部屋の新聞も切り抜き前の古新聞のまま積ん読で、相棒に片付け指令が出ている、スキャナーで保管考えているが、電子新聞ならスクラップも簡単かな)
今までの紙の新聞がとっつきやすいのは判るのですが。宅配の協力が本多さん新日刊紙創刊の難点なのでしょうか?なんとか実現したいなあ。
*電子新聞
*産経新聞が電子新聞はじめているようだhttp://www.sankei.co.jp/netview/
*本多さんの新日刊紙(XY新聞)構想は当ブログ左の「カテゴリー」の「XY新聞」を押せば出てきます
*新日刊紙に賛同のかた、コメント欄などで名案お願いします!!


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