ネット時代に脅かされているのは新聞の質

2025年9月22日

週刊金曜日665号(2007.8.3)貧困なる精神333より引用。
ネット時代に脅かされているのは新聞の質-原寿雄さんと語る「ジャーナリズムとマスメディア情況」11
・(本多)デジタル=ネット時代になるからこそ、現場のルポとか突っ込んだ解説がますます重要なはずです。だけど逆にそれが少なくなっちゃっている。そこが「ニュースの質」という点で問題だと思うんです。むしろテレビがルポなんかやっていますよ。戦前に近づく日本が、新聞の過ちを再現しない道は大きく分けて二つあると思うんです。
 一つは、もちろんそういう日本を批判する勢力によるブレーキ。そういう勢力に期待したいけれど、それをやる実行力というか国民性というか、それが少ないんじゃないのか。部分的にはあるが、主力として大きな力になることは、国民性的にはないんじゃないのかと。
 もう一つ、これはジャーナリストとしての意見なんだけれど、もうこの上は、新しい有力メディア、例えば新しい日刊紙をつくる以外にないんじゃないのかと。(略)
(本多)『朝日』とか『読売』を変えようとしたって、もう無理だと。原さんは違うかもしれないけれど、内部から改革しようという試みには俺はもう全然希望を持ちません。

・(原)(略)確かに、世論というものが好戦的になりやすい危険性を、ここのところ重く考えさせられいる。好戦的に世論がどんどんなっていくと、マスコミも転向せざるをえなくなる。日露戦争のときの『萬朝報』がそうだったし、満州事変のときの『朝日新聞』の転向も世論の圧力を受けた。
 そういう歴史を見ると、世論とマスメディアが相乗効果であおりあおられつつという形で、これから先も持っていかれるんじゃないかという心配は、正直なところ非常に強い。強いけれども、そうあってはならないし、そうならせたくないと思う人は圧倒的に多い。
--(以上引用終わり)
引用記事の著作権は『週刊金曜日』および本多勝一さんにあります。

朝日の夕刊で去年から戦前中の自社報道の検証をコラムでやっているのも、満州事変中心に読んでおかねば・・。