変質する「平和」、学問の自由
東京新聞2016.5.3より引用。
学問が揺れている
憲法23条 学問の自由は、これを保障する。
今年三月、津市議会で憲法二三条の学問の自由をめぐり、激しい応酬が繰り広げられた。
「(憲法二三条に)教授の自由、研究の自由、研究発表の自由は書かれているのか?」。小林貴虎市議(四二)が問いただす。「通説」だと答弁した東福寺一郎・市立三重短期大学学長に、市議は「あくまで解釈の話」とたたみかけた。市議は同短大が教育基本法の禁じる「政治的活動」をしているとして、昨年十二月から議会で批判を続ける。問題視するのは、安全保障関連法制に反対する団体の事務局を研究室に置いたり、教員が「有志の会」を結成していることだ。
短大は「憲法二三条で保障された研究活動の一環」「教育基本法が禁じているのば学校が特定の政党を支持したりすること」と反論。両者の主張は平行線をたどっている。
(中略)
「政治的中立性という言葉が独り歩きし、特定の見解にブレーキをかけている。学問の自由、大学の自治に対する真っ向からの侵害だ」
(中略)
◇憲法の「学問の自由」は、戦前に帝国大学の目的を「国家ノ須要二応スル学術技芸ヲ教授シ」(帝国大学令)とし、戦争に加担させた反省から生まれた。東北大には、帝大だった戦中の一九四四年と敗戦直後の二度、当時の総長が大学の針路を教授らに尋ねたアンケートが残る。戦中も軍事中心、文系軽視の国の方針に異論は強く、戦後は自由や独立を求める思いが、次のような文面から読み取れる。「文部大臣ハ単二教育行政ノミヲ監督シ太学ノ教育方針ニハ干渉セヌコト」「学術ノ研究ハ絶対自由トスル」-。アンケートを研究する同大の井原聴名誉教授は「戦中という極限でさえ、大学の自治や学問の自由は尊ばれていた。戦中でもないのに、今の大学はなぜこんなに閉塞感を持ってしまっているのか」と疑問を投げ掛ける。(引用終わり)


ディスカッション
コメント一覧
まだ、コメントがありません